高橋 |
標の場合は、一般的な治療の流れというか教科書通りだったら、全身が硬直して、気管切開されて、胃にチューブで栄養食を流し込んで……というパターンなんです。それがいまは電動車いすに乗って動き回り、普通食を食べるまでになっている。それってとてもすごいことなんだけど、親の世話のしかたがマニュアル通りじゃなかったから、さらにそういう奇跡を起こせたんだろうね。
|
徳永 |
重度な障がい「裂脳症」だと宣告された時、自分が標の立場だったら、腫れ物に触るような扱いはしてほしくないだろうと思いました。だから、しつけの面でも、世の中で駄目なことが、障がいがあるから許されるなんていうことはないんだからねって、小さい時から言ってきました。叱る時も、お尻をぶっていましたね(笑)
|
高橋 |
たとえ子どもの状態が重度でも、徳永夫婦は自分たちで可能性をつくり出してきた。自分たちで可能性をつくり出してきた。これには僕自身が感動しました。あとはマニュアルに頼らない点。ご飯の食わせ方にしろ、すごかった。内心「大丈夫か?」と思って見ていましたから。
|
徳永 |
本当に心配そうにしてましたね。
|
高橋 |
だって、誤飲したら肺炎になることもあるわけだから、口をマッサージしてゆっくりゆっくり食べさせなさいという状態の時に、そんなことはお構いなしにがんがん食わせてた。それは教科書的には完全に×だからね(笑)。次から次に口に食べ物を入れられて、それでも食っていく標もすごかったけど、人間ってそういうものなんだなぁって、僕自身も影響を受けました。
|
徳永 |
僕らは、まず、何でもやってみようって思ったんです。
|
高橋 |
基本的に解決していない問題に対しては、それが大事だと思う。本やマニュアルで解決できないんだったら、何か違う方法を探すしかない。よほどのことがない限り、絶対に解決できる方法はある。事実、標のところは世の中と全然違うことやってるんだから。可能性をつくっていって、どんでん返しの結果を出して「ざまぁみろ」とか、「どうだ、やったぞ。なめんなよ」っていう達成感が、努力して結果を出したやつの場合はあると思うんだよ。だから、いろんなことができる。僕も、ある意味では、一緒に闘いやすかった。
|
徳永 |
先生の顔を見ると、標は親には見せない顔をするんですよ。「この人がいれば、俺は何をしても大丈夫。なにがあっても助けてくれる」っていう表情。先生は、そういう標の気持ちの後ろ盾になってくれているんだなって思います。
|